■夢二
大学時代1990年の晩秋、部の先輩K島さんが僕にアルバイトの話を持ってきたのです。僕は、プラモデルを買うお金に困っていまして、更に映画のアルバイトだということで、すぐに引き受けたのでした。2時間くらいで5,000円もらえるとか。
後で判ったのですが、それは奇妙な縁でした。まず、このアルバイトの話がK島さんにきたのは、僕もなじみにしている模型店で、僕達の雇い主はかなり以前ですが、その模型店の常連だったそうなのです。
最初のアルバイトは日曜日の早朝でした。駅で雇い主「リバティ」のO村さんと合流。ワゴン車で出発です。車内では、僕もK島さんも初対面でしたので、自己紹介と、今日の仕事について話しました。湖に何かを設置するらしいです。かなり走って、農協の精米所に到着しました。ここを映画用の倉庫にしているらしく、大道具がたくさんあったのが印象的でした。そこでオフロードバイクをワゴン車に積みました。K島さんは車内でオフロードバイクを支えています。これを湖に設置するらしいです。そして湖のある山へ向かって走り出しました。
繁華街にたまに出ることはあっても、ほとんどが大学と家(汽車で1時間かけて通っていました。笑)の往復だった僕には、見たこともない山の中に分け入って行くのはわくわくしました。眼下に広がる街が印象的です。
湖の手前で道がなくなり(何か工事していたのか、木材が積み上げられていました。)、ワゴン車からオフロードバイクを下ろして押して進むことになりました。K島さんはバイクの免許を持っていたので進んで押す役になります。本当は乗って行ければ楽なのでしょうが、ある仕掛けのためにこのバイクの後輪には、ホイールからタイヤがはずされていたのです。
湖に到着してみて驚きました。こんなところにこんなに大きな湖があったなんて!更に岸のほうには、よく公園の池に置いてあるような手漕ぎボートが1艘、後はなぜか垂直に生えた土管(映画のセットでした。劇中に登場します。)がありました。そのボートにバイクを乗せ、僕とK島さんで支え、O村さんが漕いで向こう岸に渡し、設置するのがその日の仕事だったのです。最初は楽しかったのですが、バイクを載せたことにより重心が高くてボートの安定性がありません。揺れる揺れる。水が少し入ってきたりで怖かったです。バイクを落とさないかとひやひやしました。
無事、対岸に到着し、バイクを固定します。一安心。このバイクのホイールにタイヤがないのは、これにワイヤーを巻き、ボートを引っ張るためだそうで。バイクの動力を利用した「リール」にするためだったのですね。この日はこれで「日当」をもらい、待ち合わせた場所で解散しました。
次にアルバイトに入ったときは精米所内でした。僕とK島さんは正式に大道具製作に入ることに。といっても指示通りにやるだけで、その仕事も模型製作の延長のようなものでしたから、楽なものです。初めてほかの大道具やスタッフの方と会ったのですが、偶然、K島さんの高校時代の同級生がスタッフになっていてびっくり、ということもありました。僕たちはすぐに打ち解けました。そうして土曜日はお昼から、日曜日は早朝からアルバイトとなるのです。

2002年2月に訪れた精米所
金沢中心部から竹久夢二記念館へ向かう途中にあります。
10年ぶりです。さすがに周りの景色が変わっていましたね。 |
ところが、そのうちK島さんから不満がもれます。それは給料についてです。1番最初は2時間程度で5,000円でした。しかし日当は日当。いくら時間が延びても給料は変わらないのです。僕たちは電車の都合で午後5時にアルバイトを終えることになっていました。土曜日はともかく、日曜日の作業時間は長いです。K島さんはビデオレンタル店のアルバイトもしていて、どう考えてもそちらの方が割がよい、と辞めてしまうのです。
僕の方はといえば、寂しくなりましたが、映画のアルバイトというのが気に入っていたので、続けることにしました。相対的に減った「自給」は、昼食の出前を2人前食べたりしてせこく元を取ってましたね。(笑)しばらくして気づいたのですが、事務所に台本が置いてありました。「夢二」とあります。何のことかさっぱり。沢田研二主演…、結構有名な映画なのかな?と思って他を見ると「鈴木組」と入ったジャンパー。O村さんに尋ねます。ひょっとして僕の好きなあの監督?その通りでした。このアルバイトをやってよかった!こんなことってあるでしょうか?すごい偶然だと感激しました。ひょっとして監督に会えるかもしれません。絶対に辞めないと決めました。
だんだんと他の大道具の人とも仲良くなります。美術監督が指示をして去って行きます。僕は今やっている仕事がどこで使われるのか知りたくて、そういったことを話題にした中で、美術監督が「池谷仙克」さんということを聞きました。よく知らない、というと、えっ、知らないの?と判りやすい説明を受けました。池谷さんとは、あの「ウルトラセブン」の「メトロン星人」をデザインした人だよ、と。あの四畳半、メトロン星人!すっかり理解しました。そして尊敬の目で見るようになったのです。以後「メトロン池谷」と陰で呼ばれるようになります。(笑)それにしても沢田研二に鈴木清順、そして池谷仙克とは、僕の予想以上に豪華な組み合わせで、この場所にいるだけで緊張してしまいます。
池谷さんといえば、僕達は湖に紅葉の枝が一面に浮かぶよう、発泡スチロールを土台にしたセットを作っていたのですが、準備から含めて製作時間は3日、ようやく完成。その後、池谷さんに見てもらったときです。セットは外に置いていましたが、あいにくその日は天気が悪く、風が強い日で、保護用に掛けてあった青いビニールシートを外すやいなや風で発泡スチロールがしなり、何ヶ所か折れてしまったのです。O村さんとあせって修理で取り繕おうとしたのですが、池谷さんは「これはよくありませんねぇ、仕切りなおしましょう」と。要するに別の手段でやり直しになったのです。大道具全員で作ったセット、材料費もかかっているだろうに、ずいぶん思い切りがいいのだな、と思いました。
鈴木清順監督に遭遇。年齢に似合わぬ若い格好。ああ、握手してほしい。僕が持っているLD「ツィゴイネルワイゼン」にサインをもらえないだろうか?O村さんにサインの話をすると、沢田研二の方は気難しくてくれないときがあるそうだが、鈴木監督ならサインしてくれるのではないか、という答え。でも僕のLDはレンタル落ちのもの、失礼に当たらないだろうか、と結局勇気がなくて行動に移せませんでした。
列車内のシーンがあり、セットをパーツごとに作り、組み立てて行きます。このセットはパースがつけられており、こんなので大丈夫なの?と疑いたくなるような狭いものなのですが、実際に画面を見ると違和感がありません。よく計算されていますね。僕は椅子と荷物置きの網棚を担当していました。建物の外で塗装していると、この日は地元のTV局が来ていたらしく、インタビューを受けました。確か「どの部分を作ってらっしゃるのですか?」という問いに対して僕は「網棚になると思います。」と答えました。僕はこのTVがどうなったか知りませんでしたが、しばらくして部の後輩から「ペルシャさん、TVに出てましたよ。」といっていたので、カットはされなかったようです。(笑)
セットができた後、列車内のシーンの撮影がありました。初めて見る「本物」の役者に緊張です。花嫁衣裳の女優さん(映画公開後に「毬谷友子」さんということを知りました。)がすごくきれいでした。実際の映画で「雨に鍵が絡みつく」シーンがありますが、あれは釣り糸を利用したもので、ハーフミラーを使った撮影でした。いい機会だから、とO村さんに勧められてカメラを覗かせてもらいました。撮影中いろいろと観察します。中でも音声のミキサーに興味が行きました。僕の友人が清順映画は「食べるシーンの音がリアルだ」といっていました。それで秘密が知りたかったのです。役者のせりふを台本で確認しながら、抑揚をつけるようにボリュームを上げ下げするのです。多分せりふのないところでノイズが入らないようにレベルを下げる意味もあるのでしょう。また、その撮影後、僕がトイレで小用を足していると、沢田さんが入ってきました。鼻歌交じりです。うわーっ、真横(右横)だよぅ。O村さんから気難しいと聞いていたので、緊張して、僕の用は止まってしまいました。貴重な経験となりましたね。(笑)
後は映画では田んぼで点々と炎が燃えているシーンの仕掛けを作りました。空缶とわら束で構成されています。空缶をもらいにO村さんとゲームセンターやボーリング場(設置してある自販機からもらうという形です。)を回ったのが思い出深いです。アルバイトはそこで終わったのですが、O村さんから大学卒業後、一緒に仕事をやらないかと誘われました。この仕事(映画だけでなくTV番組やCM)は旨味があれど、手が足りなくて困っているらしいです。大道具で仲良くなった人の中にはTV局で仕事をする、という人もいました。仕掛けを考えるのは好きだったのですが、全国を転々とする仕事、不安定なところがあると考えて、お断りしたのです。そちらを選んでいたら、僕は今どうなっていただろうかと、考えることがあります。でも今のCMなどCGが幅を利かせてますから、ローテクな僕がどこまでやれたか疑問でもあります。(笑)
映画公開されたのは91年で、僕も見たのですが、地元ではちゃんとした劇場でなかったのが残念です。僕の関わったシーンのことばかり考えて、内容に集中できませんでした。ただ、フィルムになるとこんなに美しくなるのかと、感心したことを覚えています。銭湯のシーンは僕の住んでいる隣の市にある銭湯が使われています。今はもうないでしょうねぇ。
LD版の「夢二」には「夢二の秘密完全版」が収録されています。メイキングなのですが、いろいろと発見がありました。まず、苦労して設置したバイク。これが使われず、人力でボートを引っ張っています。(笑)スピードの調整がうまくできなかったのかもしれません。湖に浮かべる紅葉の枝は「仕切りなおし」の通り、別の方法で撮影されてました。結局、僕が関わった部分でまともに使われたのは、列車内のシーンと田んぼの仕掛けだけでした。(泣)メイキングで残念ながら僕は出ていませんが、O村さんはチラッと映っていました。カラスを吊るした棒を持っている人がそうです。
PIBD-1061

■浪漫三部作プレミアムボックス |
DVDでは、「浪漫三部作プレミアムボックス」に夢二のメイキングが入っていますが、完全収録されていないのでO村さんは見れなくなってますね。
おしまい。02/11/26
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